ちょっとお久しぶりです。
もうすぐ今年が終わりますね。
2010年になったばっかりのような気がしてましたが、もうすぐ2011年です。
早い人はもう年賀状の用意をしはじめていますね。
わたしは全くしていません。
さて科学知識についての話です。
全ての科学知識に、そしてただそれだけに正当性を与えるような、普遍的な「科学の方法」という観念は、科学教育で強化されたもう一つの神話です。
その観念は、基本的な形而上学的原理として暗黙の内に教え伝えられており、議論されたり分析されたりすることはまずありません。
それは正面からこのような問いを立ててしまうと、科学の権利が本来あるべき割合まで減じられてしまうからです。
そして、信頼できる知識の特別の源泉としての科学の神秘性が、少々薄らいでしまうということが、無意識の内に気付かれているためでしょう。
観測装置と数学的思考が緊密に結びついた天体物理学のような分野の科学の方法が、細胞生物学の方法と全く同じわけがないということは、確かにすぐわかりますよね。
細胞生物学では、真実を手に入れるのに、視覚的解釈と巧妙な実験作業の非常に複雑な組合せが必要です。
その一方で、これらの方法は、社会学や心理学には全然適用できないように思われるでしょう。
つまり、科学が原理的に唯一の「方法」を持つかどうかは、大部分の科学者が了解しているより、ずっと微妙な問題なのです。
・・・とわたしは思います。