まだまだ続く科学教育の話。
完全な科学的世界像を展開しようとしないやり方で、科学教育が、そういう「唯一の」世界像が存在するという神話を保っておこうとするのは、パラドックスであると思います。
しかし、もちろん、それこそが神話の本性というものです。
・・・つまり、合理的な探求にさらされてはならず、信じるかどうかだけが問題だと教え込まれなければなりません。
まともに考えてみると、そういう神話は、矛盾と不確実さのために崩壊してしまいます。
今では、わたしたちは、唯物論におちいるにはちょっと悲観的で賢明過ぎるでしょう。
唯物論は科学主義のもっともナイーブな形態で、既存の科学の世界像のみが本当で真であると主張しています。
感情・観念や社会システムは、原子、電子、分子や生化学の単なる付随物と考えるのです。
しかし、ドグマチックな心理学的行動主義を愛好したり、社会学は皆たわごとだと簡単に捨て去る物理学の学生は、この主張の影響をうけているでしょう。
人をこういう馬鹿げた見解に容易に陥れる無知から救うのは、理系か否かに関係なく、教育システムの責任なのです。
みなさんもそうは思いませんか?